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岡山地方裁判所 昭和45年(ヨ)45号 決定

債権者

株式会社日本教育テレビ

代理人

旦良弘

外四名

債務者

岡山放送株式会社

代理人

小野敬直

外二名

主文

本件申立を却下する。

申立費用は債権者の負担とする。

理由

一、債権者の本件申立の趣旨および理由は、別紙第一記載のとおりであり、債務者の答弁は、別紙第二記載(ただし、第三、第四を除く。)のとおりである。

二、よつて、審按するに、債権者、債務者間において、昭和四四年七月一六日に、債務者のネット番組は債権者および訴外フジテレビジョン(以下、CXという。)の複合ネットとし、債権者のネット番組は、債務者の編成にかかる番組中、午後七時から一一時までの週間二八時間のうち最低五〇%を編成すべく、これに対し、債権者は債務者に月額一五〇〇万円の金員を給付する旨を主たる骨子とする契約が締結されたこと、債務者が昭和四四年一一月六日、同年一二月二五日、昭和四五年一月三日に、昭和四五年四月以降CXの系列に入ることを理由として、同年三月末日をもつて右契約を解約する旨の意思表示がその頃債権者に到達したことは当事者間に争がない。

本件被保全権利の存否は右解約の意思表示の効力いかんにかかつているので、以下この点について判断する。

〈疎明資料〉を綜合すると次の事実が疎明される。

(一)  テレビ放送には従来VHF帯と呼ばれる電波(九〇メガサイクル―二二二メガサイクル)が割当てられていたが、それだけでは設置されるテレビ局の数が制限されてテレビ視聴者の地方格差を免れず、また無線通信の需要の増大からVHF帯の電波を他に転用する必要も生じたため、郵政省としてはUHF帯と呼ばれる波長の短かい電波(五九〇メガサイクルー六九八メガサイクル)をテレビ放送に割当て、将来はすべてUHF帯に移行させようとの基本構想を打ち出し、これにそつて、昭和四二年頃から各地にUHF電波を用いるテレビ局が新設され、免許を受けるにいたつた。岡山県においても、産経新聞が岡山テレビ(CX系)、朝日新聞が瀬戸内海放送(債権者系)毎日新聞が岡山毎日テレビ(大阪毎日放送、債権者系)、前田久吉、松田基が大岡山テレビ(関西テレビ、CX系)をそれぞれ設立して、郵政省に免許申請をしたため、同省は電波行政上、競願による混乱を避けるべく、四社を調整してこれを一本にし、その結果地域の代弁者としての岡山県が四%、大岡山テレビが二一%、他三社が各二五%の出資による株主構成と、CX系および債権者系から各同数の取締役、中立的立場にある岡山県から当時の副知事であつた曾我与三郎を代表取締役とする役員構成で昭和四三年三月二六日、債務者が設立され、郵政省から免許を受けて、同年一二月二四日から試験放送を、昭和四四年四月一日から本放送をそれぞれ開始した。

電波行政上、岡山、高松地区においては、既設のVHF局である山陽放送、西日本放送が、「岡山、高松」を一放送区域としているのに対し、UHF局である債務者および瀬戸内海放送についてはそれぞれ「岡山」、「高松」が別単位の放送区域となつている。ところが岡山と高松とは瀬戸内海を隔てて対置され、UHFはVHFに比べると伝播力は弱いが、海上伝播は比較的良好であるため、実際には岡山県南部と高松地区では相互にUHF局の視聴が可能であり、しかもこの地域のテレビ局は、倉敷市水島などの工場地帯の発展、瀬戸大橋の構築予定にともなうテレビ視聴世帯の増加、広告宣伝の効率高度化等、将来への発展を期待することができる。

(二)  債務者の番組は、設立当初のいきさつから、債務者(以下、局名呼称NETともいう。)とCX系の複合ネットの方式で臨むことに話し合いができ、特段に契約書を取りかわすことなく、右申し合わせにしたがつて番組を編成し、放送をおこなつてきた。

ところで民間放送会社はその収入を広告主(以下、スポンサーという。)の広告料で得ているのであるが、地方テレビ局がすべての番組を自主製作して放映することは技術的にも、資金的にも不可能であるため、キイ局と言われる大手のテレビ局の製作した番組をもつて自社の番組の大部分を編成しなければならず、結局、番組製作局から他のテレビ局が対価を支払つて番組を購入し、自らの番組を編成したうえ、自らスポンサーを求めてこれと契約し、テレビ放送する方法、あるいは、キイ局が既にスポンサーをつけている番組を他方テレビ局などの受局がそのまま放送し、その対価としてキイ局から当該受局が電波料その他の費用の給付を受ける方法(いわゆるスポンサードネットワーク)等によつて番組編成を行わざるを得ない。

このような実情のため、キイ局と受局との間に系列化の現象が起ることは避けられない現状となつており、程度の差こそあれ、現在いずれの受局も、(1)日本テレビ放送網(NTV)―読売テレビ(YTV)、(2)フジテレビジョン(CX)―関西テレビ(KTV)、(3)日本教育テレビ(NET)―毎日放送)MBS(、(4)東京放送(TBS)―朝日放送(ABC)の四大キイ局の系列下に入り、もしくは入らざるをえなくなつているし、また、キイ局も系列下の受局を可能な限り多く擁することによつて、広告的価値の増大を背景にスポンサーとの契約における有利な地位を占めようと考えて、受局の系列化を慫慂するという状況で、前記NET・CXの複合ネットも将来性ある債務者を互に自己の系列下に置こうとするNETとCXの争奪合戦の結果、債務者の設立過程からくるなりゆき上、その妥協の産物として了承されてきたものである。

(三)  債権者は債務者の設立当初からその育成に力を注ぎ、技術的な援助を与えたり、あるいはVHF局である山陽放送にネットしていた人気番組をスポンサーの了解をえて広告媒体としての価値の少ない債務者の番組にのせるようにするなど協力してきたが、昭和四四年七月頃にいたり、本件契約を締結して、これを書面にすることを要望し、その交渉に際し、債権者側において直接その衝にあたつた石井社長室次長と、債務者側の同じく小堀常務との間では、本件契約の期間を昭和四四年四月一日から起算して一年とする旨の話が出たが、複合ネットにおけるNETとCXとの比率が五〇%対五〇%であることからくる受局としての不利を認識しはじめていた債務者代表者において、右起算日から六ヶ月としたい旨を主張し、また債権者側は松岡副社長において、右石井の一年案に満足せず、もつと長期間継続すべきものとしたい意向を示し、結局右契約期間については両者の調整がつかないまま、その部分を除き合意に達したその他の点のみを内容とする仮契約書と題する書面を債権者主張の日時に作成、その後同年八月六日、債務者代表者はこの書面に調印し、同月一〇日にこれを債権者に送付した。

債務者代表者は右仮契約書調印に先立つ同年七月一九日、債権者代表者松岡副社長に対し、昭和四四年一〇月以降債務者はCXの系列下に入るから債権者のネット番組が減少することになるが了承してほしい、NETネット番組は高松の瀬戸内海放送の番組と重複して放送されているので早急にCXのネット番組に切りかえたいからこの点も了承してほしいと申入れたが、松岡副社長はこれを拒絶し、かえつて、債務者の複合ネットがNETとCXと五〇%対五〇%の割合によつて編成されることによつて、債務者が受ける企業上の不利益や弊害を認識したうえ、むしろこの不利益や弊害を排除するには、債権者の系列に入つてはどうかと勧め、その場合には、CXの系列に入ることによつて債務者が受ける利益以上のものを与える用意があると述べた。

(四)  本件契約によつて、債務者は、債権者に対し、約定所定の時間帯における五〇%分の番組をネット放送すべき義務を負うが、具体的にいかなる番組を右時間帯のいかなる時間に放送するかということについての債務者の具体的義務を定める契約は別途に締結されることになつており、通常放送業界にあつては、毎年四月と一〇月に大巾な番組編成替が行われる実情にあり、キイ局としてはこの編成替の行われる約六ヶ月前からこれが準備をはじめ、企画の策定、番組の製作を逐次行い、約三ヶ月前頃から、スポンサーとの折衝、受局との右具体的義務を定める契約に入るのが常態であり、本件債権者と債務者との間でもおおむね同様であつたところ、債務者が自らの企業利益を守るために行つた前記三回にわたる解約の意思表示は、そのうち最後のものを除き、他はすべて、番組改編期たる昭和四五年三月末より、三ヶ月以上前、すなわち右具体的義務を定める契約の締結に入る段階以前になされている。

四、右疎明事実からすると、本件契約は期間の定めのない契約と言わざるをえない。

疎甲第二一ないし第二四号証も右疎明に牴触するものではない。本来一定期間存続することが予定されている契約関係にあつて、その期間の定めがない場合には、経済的弱者の保護あるいはその他の事由で契約当事者の一方からする解約を制限すべき必要がある場合を除いて、いずれかの一方的意思表示によつて自由に解約をなし得るのが原則であると考えられるが、本件のように、広告放送ということがらの性質上相当期間の継続が要請される給付がその目的となつている契約関係において、右原則を文字どおり適用できるとすることは軽々に是認し難いところである。しかしながら、そうだからといつて債権者の主張するように、一旦かかる契約を締結した以上、よほどの事情がない限り、長期にわたつて解約をなしえないとすることは、既存の経済秩序のみを尊重し、本件の場合、あたかも債権者が自ら投資したところをあますところなく回収しない間は、債務者を契約の鎖につないでおくべきだと言うにひとしい結果に帰することとなり、当裁判所の採りえざるところである。

前記疎明事実に徴し、当裁判所は、次期番組の編成が、毎年四月、一〇月の改編期のおおむね三ヶ月前から、具体的給付義務を定める契約によつて逐次特定されてゆく事実に着目し、この時点以前においては、他に特段の事情のない限り、当期末をもつて解約する旨の意思表示をなしうるが、その後においては解約をなしえないと解するのが相当であると思料する。

そして前記疎明事実の下では、債権者の行つた技術援助等を含む先行投資がなされていることを考慮にいれても、このことから直ちに債権者に他のキイ局と受局との間の契約とは異る特段の事情があつて債権者を右の限度以上に解約から保護しなければならないとは考えられないから、右番組改編期の三ヶ月以上前に債務者のなした本件解約の意思表示はその効力を否定することができない。因みに、疎乙第一号証ならびに疎明の全趣旨によれば、債権者の加盟している日本民間放送連盟の放送契約規準ではキイ局等の放送者側とスポンサーとの間の放送契約は、当事者のいずれか一方から、すでに決定した決定番組について六〇日前までは自由に解約しうる旨定めている。

以上の次第で、本件被保全権利の疎明はないと言わなければならず、また本件は事案の性質上保証を立てさせて右疎明に代えることはできないと解されるので、債権者の本件仮処分の申立を却下することとし、申立費用について民訴法八九条を適用して主文のとおり決定する。(裾分一立 東条敬 佐々木一彦は転勤のため署名押印なし。)

別紙第一(抄)

申請の趣旨

一、昭和四四年七月一六日付契約書に記載されたネット業務契約につき、被申請人が昭和四四年一一月六日、同年一二月二五日および同四五年一月三日に申請人に対してなした解約の意思表示の効力を停止する。

二、被申請人は前項の契約に基づき、昭和四五年四月一日以降被申請人の番組編成について午後七時から同一一時までの週間二八時間中最低五〇パーセント申請人のネット番組を編成しなければならない。

との裁判を求める。(以下略)

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